きやきや リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 6月 09, 2015 久しぶりに半身浴。ラベンダーの香りのするラベンダー色のお湯に体を浸す。 目の端にキャンドルの火がちらちらと。 澁澤龍彦の玩物草子を読み進めていくうちにわたしの体はふやけ、溶けていき、胸はきやきやと踊り、ミクロコスモとマクロコスモの関係が逆転していく。 最近主体と客体についてよく考える。 どんどん自分という境界が曖昧になり、 一時期見られるということに嫌悪を抱いていたことを思い出す。 むずかしい。 新しいおくつを手に入れました。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
ニアデスハピネス 2月 16, 2015 先日のおはなし。 塞ぎこんだ気持ちをどうにかしようと熱いシャワーをあびて丁寧にお化粧を施し、さあ伊勢丹か銀座に出掛けお買い物をしようと意気込むも、人混みを想像するだけで気が滅入る日曜の午後。 予定を変更し、神保町にお散歩に行くことに。お散歩に。 その結果がこれ。計9冊。指がちぎれた。 中々状態の良いゴルディアスの結び目とタルホ座流星群を見つけた瞬間に何かのスイッチが入り、春物の新作コスメに向かう筈の物欲と諭吉が気付いたら書籍になってた。あるある。 ほしいと思っている物は遅かれ早かれいずれ手にするんだから、 だったらさっさと買ってしまえという謎の自論。 勿論この法則は本だけにあらずあらゆるものに適用される。物欲の権化ちゃん。 ホセ・ドノソの別荘をやっと手に入れたので、いつ読もうかとわくわくしてる。 ある程度まとまった時間を確保して一気に読みたい。 夜のみだらな鳥も、ものすごく読みたいんだけど、古書店にもなかなか無くって悶々としている。 水声社から復刊されるみたいだけどいつになるのかしら。しかし書肆風の薔薇って社名かっこよすぎる。疼く。ずるい。 先日というか、結構前のことだけれど、下書きのまま放置されていたのであげちゃう。折角だし。 この週末は「O嬢の物語」と「リテラリーゴシック・イン・ジャパン: 文学的ゴシック作品選 」を読んだ。 前者は再読、後者はアンソロジーだし好きな作者が多く載っているから再読のものも結構あったけれど。肉体と精神と自由について再考させられた。なんかわりとへこんだ。 ロワッシーには行きたくないけれど、ステファン卿は素敵だけど、まじ犬畜生だし、もれなくわたしはゾンビだし、唐突にニアデスハピネス訪れちゃうし、誰か早く165分割してよって感じ。 (JKぶりにステーシー読んだけど、ニアデスハピネスのネーミングセンスとか そこにシビれる!あこがれるゥ!) more »
3月 4月 14, 2016 3月も全然読めなかったなあと振り返っていたら4月も半ばに差し掛かっていることに気付き愕然。 わたし、タイムリープ、してる。 それなりに慌しく、それなりに体調が悪く、つまりは通常営業ってわけでして。 傀儡后を読んだからカエアンの聖衣新訳を早く読みたいな。嗚呼皮膚小説。わたしはわたしのために着飾りそして戦うのだ。しかしラファティが面白くて面白くて面白くて。なのになかなか読み進められずもやもやとしている。積み本の高さが増していく日々よ。 最近はといえば、ファッセタズムのとってもおかわいいブルゾンを買い欣喜雀躍するなど。パーツがばらばらになっていてリボンで繋がっているとてもかわいいヤツ。好きなお洋服と似合うお洋服が違うということは往々にありまして、しかしそれに気付いていないのかあえてシカトを決め込んでいるのか分かりませんが勿体無いナァと思う人が世の中にはたくさんいますね。 わたしは好きなお洋服が大抵似合いますので、こういうときだけ背が高くてよかったなと思う。 本と服食って生きてるよ。サバイブ。トライブ。ネバエバダイ。 2016年3月の読書メーター 読んだ本の数:8冊 読んだページ数:3080ページ ナイス数:84ナイス 書楼弔堂 破暁 の 感想 江戸から東京へと移ろいゆく混沌とした時代に生きる迷い人に、大量の蔵書(曰く、墓)から一冊の道標となる本を差し出す店主。本を弔うから、弔堂。世界観がドストライクなのは言うまでもなく、史実と虚構がうまくリンクしているところも大変興味深い。他の京極作品とオーバークロスしている部分もあり、思わず口が緩む。読まれぬ本は紙屑だが、読めば本は宝となる。宝と為すか塵芥と為すかは人次第だと店主は言い、自分にとって至高の一冊を見つけるために本を読み続ける。わたしの一冊は、多分まだ見つかっていない。 読了日:3月1日 著者: 京極夏彦 ハサミ男 (講談社文庫) の 感想 何度読んでも見事で鮮やかなトリック。無論ネタバレ厳禁。綺麗に纏められていて小気味良い。淡々とした語り口や曖昧なのに繊細な描写は勿論、随所に散りばめられたミステリーネタがツボ。シリアルキラーに限らず犯罪者の内面を世間は掘り下げがちだけれど、自分自身もよく分かっていない深層心理を憶測で断定することで安心を得るというのは如何なものかしら。何を持って安心でき... more »
無垢の祈り 10月 26, 2016 最近といえば本をろくに読まず(読めず)、渋谷アップリンクにて絶賛公開中、平山夢明原作「無垢の祈り」を公開初日に見てきたり。してました。しかも上映後にはトーク付き。 原作を初めて読んだのはもう何年前か忘れてしまったけど、そのグロテスクなまでの鮮烈さと我々の直ぐ隣にいる不条理に気付かされた衝撃は忘れられない。「独白するユニバーサル横メルカトル」のなかで一番印象に残っている本作が映画化された(される)と知ったのは数年前だったか。それから完成したものの上映できないだとか平山さんでさえこれは流石に…と言っただとかそういう情報だけは入ってくるのに公開はされない。Youtubeにあげられたプロモーション動画を見るしかない。本当に東京で見ることができる日がくるのかしら?とさえ思っていた、のに、見れちゃったよ。渋谷で。とても近い。 映画を見に行く前に原作を読み返す。やっぱり心がひりひりとする。雑多な渋谷の街で人の波をずんずんと掻き分けながら歩く。上映がはじまるまでどことなくずっと緊張していた。あそこはどう表現されるのかな。あそこはちゃんと描写されているのかな。原作の「無垢の祈り」はハッピーエンドだとわたしは捉えているんだけど、他の人はどうなんだろう。 ああ、全て、杞憂だった。映像から、音から、圧が物凄かった。それこそ呼吸すら忘れてしまいそうになるほど。中盤から後半にかけては両手を固く結びずっと何かに祈っていた。早く助けて。早く助けて。早く。お願い。 上映後のトークショーで平山さんが「小説は読者と双方向の関係にあって、読者が文章から情景を想像することができる。でも映像は一方的にイメージを、情報を見ている人に与えるものだから、そのイメージが見ている人の想像を超える可能性があってそれを超えてしまうとまずい(意訳)」と言っていたが、わたしは凄くいい意味で圧倒された。見てよかった。視覚と聴覚から得られる情報がわたしを支配し、わたしの解釈とは異なる方向からの解釈を提示されてもなるほどと素直に受け入れることができた。しかしフミちゃんの義父役を演じたBBゴローは凄まじかったなあ。生理的、本能的な嫌悪感しか感じなかったし、ラストはこの程度じゃ生温いとさえ思った。 人が何かに救いを求めたり祈ることで少なからず心が軽くなることがあるわけで、その対象がなんであれその行為自体に貴賎は... more »
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