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お前にわたしは救えない。わたしでさえわたしを救えないのに。 わたしの行動や思考は殆ど自傷行為でこれは緩やかな自殺とも言い換えられるんだけど、ロックスターじゃないから元気に27歳を迎えるんだろうし、カリスマでもないから31歳にもなれるんだろう。31歳だと少し遠すぎてうまく想像ができないけれど。何だかしにたい気持ちです。 わたしの中での自尊心とプライドは意味合いが大きく異なっていて、自尊心の欠片もないけれどプライドはとても高いからバランスがうまく取れなくていつもフラフラとしている。虚栄を張り続けなけりゃ死んでしまうよ。 九紫火星の持ち味は、美しさに対する鋭いセンス。 表現力も備わっているので華やかなオーラを放ち、人目を惹きつける存在です。 インスピレーションを言葉と行動に置き換えるのが得意。クリエイティブな目標があることを周囲に堂々と示し、競争も厭わずライバルを決めて走り出します。しかし形勢不利になると感情が不安定になり、せっかちな行動が勇み足に終わることもあるので要注意。独創的で美のセンスに満ちあふれた世界では、人の心を読みコントロールする才能が発揮されます。そういう意味では、恋愛も当然、華やかさに彩られています。九紫火星の人を取り巻くファンは多く、恋人には事欠かないでしょう。しかし目の前のリアルな相手よりも、どこかにいるはずの理想の相手を探して、いつもどこか落ち着かないのも性分。仕事面は、その感性を存分に活かせる分野において想像力と実行力を発揮すると、社会的名誉や名声が手に入るでしょう。 美しいものがすき。 美しくないものは去ね。 高価で美しいものを身に纏い、飾り立て、取り繕った美しくないわたしは占いにすがる。 死にたくなれば死にたくなるほど強迫観念のようなナニカに駆り立てられて本やら服やら化粧品やらを買い漁る。今日は銀座でマツエクをしAKIRANAKAのパンツとBALENCIAGAのバングルとshuuemuraのフェイスパウダーとアイフォイルを買った。これってもしかして滅茶苦茶生に貪欲ってことじゃあないですか。明日はネイルだよ。 ふと我に返りブスが着飾っても滑稽なだけでは…?と思わなくもないんだけど、ブスを免罪符に色々と放棄しているガワが本当に本当に嫌い。なので、わたしは装飾過多に。 くだらないよね。

無垢の祈り

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最近といえば本をろくに読まず(読めず)、渋谷アップリンクにて絶賛公開中、平山夢明原作「無垢の祈り」を公開初日に見てきたり。してました。しかも上映後にはトーク付き。 原作を初めて読んだのはもう何年前か忘れてしまったけど、そのグロテスクなまでの鮮烈さと我々の直ぐ隣にいる不条理に気付かされた衝撃は忘れられない。「独白するユニバーサル横メルカトル」のなかで一番印象に残っている本作が映画化された(される)と知ったのは数年前だったか。それから完成したものの上映できないだとか平山さんでさえこれは流石に…と言っただとかそういう情報だけは入ってくるのに公開はされない。Youtubeにあげられたプロモーション動画を見るしかない。本当に東京で見ることができる日がくるのかしら?とさえ思っていた、のに、見れちゃったよ。渋谷で。とても近い。 映画を見に行く前に原作を読み返す。やっぱり心がひりひりとする。雑多な渋谷の街で人の波をずんずんと掻き分けながら歩く。上映がはじまるまでどことなくずっと緊張していた。あそこはどう表現されるのかな。あそこはちゃんと描写されているのかな。原作の「無垢の祈り」はハッピーエンドだとわたしは捉えているんだけど、他の人はどうなんだろう。 ああ、全て、杞憂だった。映像から、音から、圧が物凄かった。それこそ呼吸すら忘れてしまいそうになるほど。中盤から後半にかけては両手を固く結びずっと何かに祈っていた。早く助けて。早く助けて。早く。お願い。 上映後のトークショーで平山さんが「小説は読者と双方向の関係にあって、読者が文章から情景を想像することができる。でも映像は一方的にイメージを、情報を見ている人に与えるものだから、そのイメージが見ている人の想像を超える可能性があってそれを超えてしまうとまずい(意訳)」と言っていたが、わたしは凄くいい意味で圧倒された。見てよかった。視覚と聴覚から得られる情報がわたしを支配し、わたしの解釈とは異なる方向からの解釈を提示されてもなるほどと素直に受け入れることができた。しかしフミちゃんの義父役を演じたBBゴローは凄まじかったなあ。生理的、本能的な嫌悪感しか感じなかったし、ラストはこの程度じゃ生温いとさえ思った。 人が何かに救いを求めたり祈ることで少なからず心が軽くなることがあるわけで、その対象がなんであれその行為自体に貴賎は...

7

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もう8月も終わるっていうのに7月のまとめ。 メンがヘラり気味なので本が全然読めない。 本が読めないからヘラっているのだとしたら即刻本を読んだほうがよいですね? シン・ゴジラもサマソニのイエローモンキー、レディオヘッドも何もかもが素晴らしかったです。 なのにわたしはふと気付いたら四半世紀も生きていた。しかしだいっきらいな7月は死んだ。 わたしはロックスターじゃないから27才で死ねないのかもしれないなあと考えるとSAN値がガリガリガリ削られていく。 弐拾五歳 妊娠して人形を産む 父は人体模型であると謂うが誰も信じない 寺山修二      2016年7月の読書メーター 読んだ本の数:8冊 読んだページ数:2791ページ ナイス数:109ナイス ヤギより上、猿より下 の 感想 「デブを捨てに」に引き続き、タイトルからは想像もつかない胸糞悪い系の詰め合わせ。つまり、ザ・平山夢明。「独白するユニバーサル横メルカトル」収録の「無垢の祈り」と同じく子どもへの虐待がテーマとなった「パンちゃんとサンダル」はリアリティマシマシで、何より人が一番怖いのだと再確認。あぁめでたしめでたし。饐えた匂いが漂う表題作は色々な意味でキレッキレで読後感は激烈に爽快。何故だよ。ブスで莫迦の「おかず」が一生懸命で泣けるんだよ。おかしいだろ。最高かよ。 読了日:7月1日 著者: 平山夢明 佇むひと―リリカル短篇集 (角川文庫) の 感想 リリカル=叙情的、叙情詩的。リリカルな哀愁と優しい悲哀と凝縮されたセンチメンタルが散りばめられていて、ナニカに心を掴まれるような短編集。いつものスラップスティックは無く、じんわりと後味が長く続くものが多い。特に「碧い底」「佇むひと」「睡魔のいる夏」「白き異邦人」「母子像」は格別で、どれも柔軟な発想でニクイ捻りが効いているのに、じわじわと緩やかな死へと続いていくような少し不思議で悲しい読後感。時折ぞっとするような一文が目の前に現れて、ああ正にリリックのようだ。 読了日:7月2日 著者: 筒井康隆 ヨハネスブルグの天使たち (ハヤカワ文庫JA) の 感想 DX9。日本製家庭用少女型ホビーロボット。通所、歌姫。彼女たちは落ち続ける。近未来のヨハネスブルグ、マディバ・タワーから。ニューヨークの貿易センタービルから。ア...

3月

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3月も全然読めなかったなあと振り返っていたら4月も半ばに差し掛かっていることに気付き愕然。 わたし、タイムリープ、してる。 それなりに慌しく、それなりに体調が悪く、つまりは通常営業ってわけでして。 傀儡后を読んだからカエアンの聖衣新訳を早く読みたいな。嗚呼皮膚小説。わたしはわたしのために着飾りそして戦うのだ。しかしラファティが面白くて面白くて面白くて。なのになかなか読み進められずもやもやとしている。積み本の高さが増していく日々よ。 最近はといえば、ファッセタズムのとってもおかわいいブルゾンを買い欣喜雀躍するなど。パーツがばらばらになっていてリボンで繋がっているとてもかわいいヤツ。好きなお洋服と似合うお洋服が違うということは往々にありまして、しかしそれに気付いていないのかあえてシカトを決め込んでいるのか分かりませんが勿体無いナァと思う人が世の中にはたくさんいますね。 わたしは好きなお洋服が大抵似合いますので、こういうときだけ背が高くてよかったなと思う。 本と服食って生きてるよ。サバイブ。トライブ。ネバエバダイ。 2016年3月の読書メーター 読んだ本の数:8冊 読んだページ数:3080ページ ナイス数:84ナイス 書楼弔堂 破暁 の 感想 江戸から東京へと移ろいゆく混沌とした時代に生きる迷い人に、大量の蔵書(曰く、墓)から一冊の道標となる本を差し出す店主。本を弔うから、弔堂。世界観がドストライクなのは言うまでもなく、史実と虚構がうまくリンクしているところも大変興味深い。他の京極作品とオーバークロスしている部分もあり、思わず口が緩む。読まれぬ本は紙屑だが、読めば本は宝となる。宝と為すか塵芥と為すかは人次第だと店主は言い、自分にとって至高の一冊を見つけるために本を読み続ける。わたしの一冊は、多分まだ見つかっていない。 読了日:3月1日 著者: 京極夏彦 ハサミ男 (講談社文庫) の 感想 何度読んでも見事で鮮やかなトリック。無論ネタバレ厳禁。綺麗に纏められていて小気味良い。淡々とした語り口や曖昧なのに繊細な描写は勿論、随所に散りばめられたミステリーネタがツボ。シリアルキラーに限らず犯罪者の内面を世間は掘り下げがちだけれど、自分自身もよく分かっていない深層心理を憶測で断定することで安心を得るというのは如何なものかしら。何を持って安心でき...

1月

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ぜんぜんよめてないです。 数多アル併読本から読了したもののみ。 皆々様方が怒涛のように本を読んでいらっしゃって唇かみ締めてる。 そういえば先日何故か大阪に行ったので空き時間に本屋巡りでもしようかしらんとひとりごちていたのに、迷いに迷い駅から徒歩10分のところを40分歩いても辿り着かず(もちろんグーグル先生にも街往く人にも頼った)、ふてくされて結局どこの本屋にも行けなかったというなんとも残念な事象がありました。 2016年1月の読書メーター 読んだ本の数:8冊 読んだページ数:3127ページ ナイス数:100ナイス 告白 (中公文庫) の 感想 内向的かつ思弁的で(しかしそれは全く理解されていない)、思考と言語の結び付きが上手くいかないなかなか難儀で不器用な主人公、城戸熊太郎。実際に起きた事件はいまだに河内音頭として歌い継がれ、これを町田康的解釈で再構築した本作。常時内で垂れ流されている思考を如何に言語にして外に伝えるか。語彙や表現が乏しいという理由から自分の中で齟齬が生じてくるも、それを伝える術がなく途方に暮れ、ただ阿呆な奴と思われる。何故伝わらないのか何故理解してくれないのか。堂々巡りの内に何処に辿り着き、何を告白するのか。圧巻。 読了日:1月30日 著者: 町田康 ファイン/キュート 素敵かわいい作品選 (ちくま文庫) の 感想 国内外古典新作問わず、素敵でかわいい、素敵にかわいい名文を集めたアンソロジー。只々無垢なキュートから、言葉の奥から漂ってくるようなファインが絶妙なバランスで散りばめられていて何処か胸が苦しくなる。以前読んだことがある作品も高原さんの素敵な章立てや、前後に並ぶ作品によって捉え方が変わってくる。お気に入りは「雀と人間との相似関係」「鈴木恒夫十三首」「鳥」「うさと私(抄)」。幾つになってもかわいいものはかわいいし、かわいいものを素直にかわいいと感じる心を大切にしたい。かわいいは偉大。 読了日:1月28日 著者: 高原英理 ウィスキー&ジョーキンズ: ダンセイニの幻想法螺話 の 感想 ロンドンのとある通りにあるビリヤード台のない、ビリヤード・クラブ。小さな社交場で会話の中心にいるのは初老の英国紳士、ジョーキンズ。彼の体験談から語られる話は多岐にわたり、空想上の生き物が出てくるものから一攫千金を夢見た...

0115

昨夜の記憶が全然ないんですがまあ全然っていうのは誇張表現で若干は覚えているんだけど眠っていたら起こされてえっなんで知らない人が家にいんの??は?????ホラー???事件????てなったしどのタイミングでらりりったのかよく分かりません。夢と現実の区別が本当につかなくて割と全てがあやふやなんですよ。もうババアだかららりりるとか本当にやめたいんですよ。やめましょうね。やめます。やめたいといえば最近スロージューサーが届いてほぼほぼジュースだけで生きてるんだけどそろそろ食べるのやめられるのかな?永遠に痩せたい。食べること自体が罪悪感なターンが周期的にくるんだけど今まさにそれでして。デブは罪詰み罪。クレンズジュースとサプリと薬だけで生きられたらなぁ。それ以上痩せないほうがいいよってよく言われますけどどの口が言ってるんです?てめえがデブだから仲間増やそうとして人のこと太らせようとしてるんですか?性悪か?だってわたしってば本当にデブが嫌いなんですよ自己管理もできねえのって。でもデブがいるからガリ普通デブのジャンル分けができるわけで、デブがいるからわたしが痩せて見えるわけで、これら諸々を踏まえるとありがてえよ。どうもありがとうねそのままでいてね(笑)あー違う昨日らりりってた話ですよ。最近糞みそに寝れなくて疲労とストレスしかたまってなくてフラストレーション半端なかったから無理矢理寝ようと思った。の。です。そうですそう思ってあれこれ色んなの飲んだの。で、薬が効いてきて前後不覚状態になってらりりちゃんのまま合うのは誰の所為。酩酊の内に在る内在意識なんて素面じゃ殆どファイル開けないんですよ。パスワード教えろよ。細切れになっている記憶はスクリーンで見ている古いフィルムみたいで音がやけに大きいのに声は全然聞こえないの。何か喋ってるはずなのにうまく聞き取れないの。怖くて切なくて寂しくて世界一遠い。ふとした瞬間に実感を伴う出来事ってあるんだなあぼんやりと、死にたい。絶望にサヨナラできそうにないよねえ助けてよ。嘘。煌々と光っているテレビは悲惨な事故を繰り返し報道していて日本人はいませんでしたいませんでしたいませんでした。何それ日本人はいるよ日本のニュースだもの。ああでも日本のニュースなのにね。ああ可哀想だなあて刹那的に思ってまた落ちて。と思ったら一瞬で覚醒しててさっきやってたニュースをまたやってる...

食指と触手

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ここ最近の休日は引篭りには珍しく予定が詰まりに詰まっていた。 SUMMER SONIC 2015 HOSTESS CLUB ALL-NIGHTERにて 稲川淳二からのトムヨークをキメるなど。嗚呼クソサイコーだったなあ。 オーバーヒート気味なので暫し息を潜める。本を読みたい。常に読んでいるけれど。 本を買いたい。息をするように気軽に買ってるけど。足りない。もうそれは全然。 大量に積んでいる本を今すぐにでも読みたいのに、うっかり本屋に行きうっかり新たに本を買ってしまう。それも関連本は無限にあるわけで食指は動くし触手は伸びる。 なぜなら本は逃げるから。悲しいことに。 最近は言語に関するSFを読んでいる。今は月世界小説。 でもなんだか無償に飴ちゃん(飴村行)が読みたい。夏だからか。「コウ」と言えばもうすぐ出る町田康の常識の路上も読みたいし、夏なのに百鬼夜行シリーズ読まなくてどうするの感はある。筒井康隆も丸山健二もエーコもスタージョンも読みたい。時間、足りないなあ。 百鬼夜行シリーズを読み返そうキャンペーン、ついに陰摩羅鬼の瑕まできてしまった。 また追いついちゃう。これで何度目かな。鵺ちゃん~~~。 もうどうしようもなく息詰まると奥歯さんに頼るのは昔からの癖で、昨夜少し久しぶりに八本脚の蝶を開いた。前後不覚に陥っていたがいくらか呼吸がしやすくなる。MPが回復していく感じ。パラパラと今の私に必要な部分だけを摘出して、再び大事に本棚に仕舞う。 奥歯さんから随分たくさんの影響を受けたのは自明の理。 わたしはまだまだわたしを紡ぐのだ。わたしという書物はわたしが完成させる。 たとえ最後に壊そうとも。

心酔から心痛

7がつがきらいだ。 夏はもともときらいだけど、7月は別格。 何一ついい思い出がない。 誕生日はみたいなのがあるし、なにより、だいだいがどこかにいっちゃったから。 心がざわつく、揺れる、乱れる、酷く落ち着かない。 わたしも、あの子も。 思い出す夏が二回。 新宿の路地裏。海沿いの橋。雨の海岸通り。 7がつがきらいだ。

きやきや

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久しぶりに半身浴。ラベンダーの香りのするラベンダー色のお湯に体を浸す。 目の端にキャンドルの火がちらちらと。 澁澤龍彦の玩物草子を読み進めていくうちにわたしの体はふやけ、溶けていき、胸はきやきやと踊り、ミクロコスモとマクロコスモの関係が逆転していく。 最近主体と客体についてよく考える。 どんどん自分という境界が曖昧になり、 一時期見られるということに嫌悪を抱いていたことを思い出す。 むずかしい。 新しいおくつを手に入れました。

エピクロスの肋骨

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ダンディズムと軽さのエレガンスを基調とする“SHIBUSAWA CONTE FANTASTIQUE”(シブサワコントファンタスティック)の出発を確然と告知する表題作ほか、才能の萌芽が燦たる処女作「撲滅の賦」、巧緻で瀟洒な小品「錬金術的コント」の三篇を収録。著者自らが死の直前に発掘を予言していた最初期作品集。(帯より) 先日、前々から行ってみたいと思っていた清澄白河の古書ドリスにて購入。 文庫で持ってるんだけど装丁がとても美しくて保存状態も良く、なにより撲滅の賦がシブサワ作品のなかでも特に好きなので迷わず購入。 版元が違ったり装丁が違うとついつい集めたくなっちゃう。 収録作品は「撲滅の賦」「エピクロスの肋骨」「錬金術的コント」の三篇、それに巖谷國士の解説。 最初期における幻想的小宇宙集。これが初期の作品なのかとただただ圧倒されるばかり。天才が天才たる所以かしら。 撲滅の賦について拙い思考を巡らす。 内と外、個と全、そして大袈裟なまでの「不安」が紡ぎだす自意識と無意識の狭間に体が深く迄沈んでいくような、そんな印象。 見る/見られるの境界はどんどん曖昧になり、意識は次第に倒錯していく。 画家である美奈子のイメージの源泉であった「私」は 「腔腸動物とセラトーダスの合の子になったり、手足の生えたタツノオトシゴになったり、あるいはまた一足跳びにアンモン貝の耳を持った抒情詩人に昇格したり」していた。 しかし、世界を構成していた客体と主体は入れ替わっていて「私」は金魚に劣る存在だということに気付かされるのだ。つまるところ、金魚に対する不安や嫉妬、焦燥を伴う単純な衝動から物語は展開していく。 9つの世界を内包している世界樹、イグドラジィル(=ユグドラシル)も客体と主体の関係を幻想に落とし込んだ結果なのでは。 来月頭に金沢へ行くので、泉鏡花記念館の澁澤龍彦展に会期ぎりぎりで滑り込む予定。 楽しみすぎて絶賛読み返し中。 読み始めたのは高校生の頃で、当時は只漠然と澁澤先生ステキ!そしてそんなわたしもステキ!だった気がする。色々拗らせていたんだな恥ずかしい。 でも切欠はどうであれ、早い内から作品に触れていたことは今のわたしにとってとても大切なことで、幻想文学に傾倒していたから今こうなったんだと思うと面白いな。 多...

五月病と死なない程度に不健康

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去年の記憶は全くないのに今年はまあまあ楽しくGWを過ごせたのは 1人暮らし2年目に突入したからか。 割と予定が詰まってたからゆっくり読書できなかったのが少し残念。 書架は本で埋まっていく一方なのにイマイチ生活感が無いといわれるわたしだけの城。 生活感は排除対象。シャビーシックだから。シャビーシックて言いたいだけ。 しかしもう5月。 あと3週間強は胸をはって「全て五月病のせい」にできます。 遣ること成すこと全てに倦怠感が付き纏うのも五月病のせい。 ファスティングが先延ばしになっているのも五月病のせい。 あらゆることに食指が伸びないのも五月病のせい。 なんて便利な五月病。五月病にかかるのは何時もです。 ジュースクレンズくらいはそろそろするかな。5月中は無理かな。 問:わたしの止まらぬ痩身願望はどこからくるのか。 解:BMIだったり標準体重だったりから考えると明らかに痩せている部類だし、 第三者から太っていると言われるわけじゃないし、 寧ろ先生からももう少し太りなさいと言われるし、 世間から見たら痩せていることも理解できる。 でもわたしの体はわたしだけのものだし、第三者のために痩せたいわけじゃないし、 わたしは痩せているわたしの体じゃなきゃ許せないし、 ぺたんこを通り越して抉れた腹部を見ると安心ができる。 これは軽度の醜形身体恐怖症なのかしらんと思うなど。 自分の顔はだいっきらいだけど顔面醜形恐怖になれるほどかわいくないから却下だけど、 身体においては当て嵌まるのかなあなんて。 でも自覚しているということは只単に異様に自己評価が低いことの表れなのかもしれない。一時期少し頭が可笑しかった頃は人前で何かを食べるということがどうしても出来なかったから、それに比べるとマシかしら。 手術もチューイングもしてないし。 罪悪感に駆られて全部吐いてしまうことは未だにあるけれど。 「死なない程度に不健康」を今日も胸に。 ・宇野亞喜良「DEUX LIVRES」展 ・Ginza Maison Hermes 「線を聴く」展 ・「INHERENT VICE」

駆け抜けて

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駆け抜けて3月。性春ではない。 うそですね、もう4月も半ばに差し掛かりましたね。 狂った街トーキョーにひとりで生きるようになってから1年。 なんにもできなくても案外なんとかなるんだな。 こうして月日が経つのがどんどんと早くなり、キヅイタラババアに。 あーあーテリブルテリブル。町田康。 時間は作るものだと声高に叫ぶ人がいるが、作れない時間があるのもまた事実だということを認識しているか。それともわたしとは違う世界線に生きているのか。 事実は小説よりも奇であるし、この世に不思議なことなど何も無いし、 超能力は脱オカルト、占いは準オカルト、霊能は真オカルト、宗教は超オカルト、 つまりわたしは歩くオカルト。 何が言いたいか。 再読し直している百鬼夜行シリーズが全然読み進められないということ。 本棚の一角を積み本が占めていること。 読みたい本が沢山あるこの状況が非常に嬉しいということ。 百鬼夜行シリーズは宴の始末まで読み直したから次は百鬼夜行 陰ですね。 100年前から気付いてたけど、わたしは多分趣味が若干多い。 100年前というのはわたしの口癖。 あとは一生、という接頭語をしばしば用いる。馬鹿です。 本が好きでゲームも嗜み、最近全然行ってないけど本州だったら当日のノリで地方に行っちゃうくらい遠征するし、気付いたらハイブラ好きの伊勢丹系軽度のファオタ。 根は引きこもりなのに高校生の頃から趣味のために行動範囲を無理矢理広げてきた結果がコレ。 遠征先で服買ったり本買ったりしてしまうご病気。友達は全然いない。 アレもほしい ♡ コレもほしいし ♡ もっとほしい ♡ もっともっともっと ♡ ♡ ♡ しかしFF零式HD朱雀エディション様が降臨なさったにも関わらず、3章までしか進めていないとはどういうことか。これは非常に由々しき事態である。 あと一押しあったら全部放り投げて行っていたのにな。だめなやつめ。

もうりっぱなおとなだもん

ひなまつりであった。 とっくに春はわたしの隣に。 中島らものガダラの豚を読んでいたら2月が息も絶え絶え、 満身創痍の瀕死状態であった。 らもりん天才かよと呟いていると2月は死んでいた。 さらば2月お前はあまりにも短い。3月はついにFF零式HDとブラッドボーンが発売。 両者の発売日には1週間のズレ。 この1週間でどこまで自分を追い込めるか、これが今の課題である。 発売日が迫っているからか、併読本も積み本も増えに増えている始末。 息をするように本を買い、読み耽っている。駄目ではない。 寝食を忘れて、という表現があるがこれは普段きちんと寝食を取っている者にのみ適用されるのであり、普段から寝食を蔑ろにしているわたしには当て嵌まらない表現だ。 書は捨てず、町にも出ません。 寺山先生ごめんなさい。わたしはあなたを尊敬しています。 ねこを飼うときは勿論けむりと名付けます。 などとまあぬけぬけと3月1日のような文を書き綴ったが既に4日。 昨日ランニングもしくはヨガをせよとの有難いお言葉を賜った。 心頭滅却すれば火もまた涼し的な。無念無想の境地に至る前にくたばりそう。 筋肉量が圧倒的に人様より少なく、なぜ立って歩けるのかと驚かれたレベルのアレ。 事故です。 ふるーちぇひとりでつくれるもん。。。。 もうなんでもできるんだもん。。。 もうりっぱなおとなだもん。。

ニアデスハピネス

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先日のおはなし。 塞ぎこんだ気持ちをどうにかしようと熱いシャワーをあびて丁寧にお化粧を施し、さあ伊勢丹か銀座に出掛けお買い物をしようと意気込むも、人混みを想像するだけで気が滅入る日曜の午後。 予定を変更し、神保町にお散歩に行くことに。お散歩に。 その結果がこれ。計9冊。指がちぎれた。 中々状態の良いゴルディアスの結び目とタルホ座流星群を見つけた瞬間に何かのスイッチが入り、春物の新作コスメに向かう筈の物欲と諭吉が気付いたら書籍になってた。あるある。 ほしいと思っている物は遅かれ早かれいずれ手にするんだから、 だったらさっさと買ってしまえという謎の自論。 勿論この法則は本だけにあらずあらゆるものに適用される。物欲の権化ちゃん。 ホセ・ドノソの別荘をやっと手に入れたので、いつ読もうかとわくわくしてる。 ある程度まとまった時間を確保して一気に読みたい。 夜のみだらな鳥も、ものすごく読みたいんだけど、古書店にもなかなか無くって悶々としている。 水声社から復刊されるみたいだけどいつになるのかしら。しかし書肆風の薔薇って社名かっこよすぎる。疼く。ずるい。 先日というか、結構前のことだけれど、下書きのまま放置されていたのであげちゃう。折角だし。 この週末は「O嬢の物語」と「リテラリーゴシック・イン・ジャパン: 文学的ゴシック作品選 」を読んだ。 前者は再読、後者はアンソロジーだし好きな作者が多く載っているから再読のものも結構あったけれど。肉体と精神と自由について再考させられた。なんかわりとへこんだ。 ロワッシーには行きたくないけれど、ステファン卿は素敵だけど、まじ犬畜生だし、もれなくわたしはゾンビだし、唐突にニアデスハピネス訪れちゃうし、誰か早く165分割してよって感じ。 (JKぶりにステーシー読んだけど、ニアデスハピネスのネーミングセンスとか そこにシビれる!あこがれるゥ!)

八本脚の蝶

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八本脚の蝶  二階堂 奥歯 二階堂奥歯さんのことを知ったのはいつのことだったか。 たしか穂村弘さんから彼女のことを知ったので、大学生2年生の頃であろう。 いまだにweb上に残っている彼女の日記を初めて見たときの衝撃は今も忘れられない。 それもその筈、彼女の日記は唐突に「最後のお知らせ」から始まるからだ。 もちろん、日記であるから「はじまり」は存在する。しかし、web上に展開する日記は最終更新日が頭にくる。当たり前の話だけれど、盛大なネタバレをされた気分になったのだ。 奥歯さんの書く文は非常に美しく、苦しく、引き込まれる。 書痴ともいうべき彼女の膨大な知識のバックボーンから紡がれる文に、わたしは尊敬し、嫉妬した。 書籍とは、言葉とは、自分とは、世界とは、について嬉々として言葉を綴る才能に嫉妬した。 しかし、それ以上に、彼女に親近感を感じてしまったのだ。 もちろん彼女の知識には遠く及ばないが、その少し外にある、少女でも女でもない狭間のような空間にいながらも不安定に揺れている、それでいて何かを掴もうと暗中模索しているところに、自分を重ねていた。 そしてその手記が書籍化されているということを知るのはそう遠くなかったが、 実物の書籍を手にしたのはほんの5日前のことである。 なぜか。 なぜか、書籍に手を伸ばすことが出来なかった。 web上に彼女のブログが残り、いつでも読める状況にあるから、ではない。 たぶん、認めたくなかったのだと思う。 わたしは彼女のことを何も知らないし、彼女の存在を知ったのもほんの4年前のことである。 だからこそ、認めたくなくて、彼女がもういないという徹底的な証明を手元に残しておきたくなかったんだろう。 でも、わたしを取り巻く状況が変わってしまった。 奥歯さんの言葉が、考え方が、手元に必要になってしまった。 いいのか悪いのかはわからない。 似た境遇にあるからだとか、そんな単純な話でもない。 指針がほしかったわけでもない。 只、猛烈に彼女の言葉がほしくて、そのタイミングが今だったのだろう。 わたしのかみは人でした。 でも、もうかみではなくなってしまいました。 しかし、その神性はいまだに色濃くわたしのなかに残っているのです。 信仰と執着の境界はどこですか奥歯さん。...

20150124

神は死んだし、わたしは少女ではなくなった。 自分を取り巻くあらゆる事象についてなんとなく分かってきて、自分が置かれている状況を静観しているもう一人のわたしがいることも知っている。 そのもう一人のわたしはとても冷静で、絶対に一時の感情に身を委ねず、人として、倫理的に、一般的に“正しい”と看做される答えを提示してくる。五月蝿いくらいに。 それはもう冷酷な程に絶対的に正しい。 わからない。 わからない。 わからない。 わたしにとって唯一であった神はもう死んでしまった。人間になってしまった。 わからない。何故ですか。何故勝手に人間に成り下がってしまったのですか。 何を信じて何を信仰すればいいのですか。だったら初めから神になんかならないで下さい非常に迷惑です。知りたくなかった関わりたくなかった。 祈りを聞いてくれても、叶えてはくれない。懺悔を聞いてくれても、赦してはくれない。 でも、聞いてくれるだけでよかった。 なのに、 なのに、 なのに、 あなたは。

20150119

かみはしんだし、 魔法はとっくに解けている。 4年かけて終わらせた筈の壮大なRPG。 2周目があることを唐突に突きつけられてどうしたものかと途方に暮れている。 決断するのは、私だ。

Merry

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気付いたら年が明けて早2週間。 連日の強行スケジュールで時間感覚が全くないまま諾々と日々を過ごしている。猛省。 年末は弾丸で金沢とかいったんだけど。 日本海のどんよりとした寒空を眺めつつ露天風呂(激寒)に浸かってたんだけど。 なぜか年明けてからは自分の時間がなかなか確保できない。 ああでもどうしても食べたくて文藝片手にホットケーキむしゃむしゃしてたわ。 でも5刷決まったしはっぴっぴー。 活字と紙と書籍に携わるお仕事ができてしあわせだな! 子どものころあまりの友達の少なさに、というかボス格の子に嫌われたせいなんだけど、本しか友達がいなくて本さえあれば大丈夫と呪文のように唱えていたあの頃のかわいそう(笑)なわたしに教えてあげたいね。 なんとかひとりで生きてるよ。ぎりぎり。 今年は博覧強記になるべく多くの本を読み知識を蓄え、伊勢丹でお洋服を買い漁り、わたしはわたしのために湯水の如くお金を使う。のだ。去年ひとつ趣味を紛失したからこれくらい余裕だわ。 わたしのすきなとき。 面白い本を見つけたとき、それを読んで面白かったとき、可愛いお洋服にはじめて袖を通すとき、美容室・ネイル・まつえく・エステでの施術が終わったとき。 これら全てを装着して今年もわたしは生きていく。だってひつじ年だもの。 今年くらいはなんかいいことあってもいいでしょかみさま。 ああホドロフスキーが見たいな。 リアリティのダンス見れてない。

MAZE

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よんだ本を記録したい、と思い読書メーターをはじめたのが今年の8月。 読書メーターは本を読み終わった時にそのときの雑感を書き散らし、 瞬間を留めておくものとして使っている。 ので、おきにちゃん認定した本はこっちでも感想を書くことにした。の。 いつまで続くかわかんないけど、記録を残すことはとてもだいじ。 死ぬ前にはぜんぶ消したいなってここ最近常々おもってるけどね!!! ネット上の身辺整理まじ大事。 MAZE(双葉文庫) 恩田陸 恩田陸作品ふたつめ。前に読んだネクロポリスは、没入感が心地よくほんのりと腕に粟が立つような読後感を残し、とてもわたしと相性がよかった。 そんな恩田さん。前情報を殆ど入れずに読み始めました。   禁忌、オーパーツ、人が消失する迷路と、心の端を擽りまくるポイントが随所に散りばめられているMAZE。こんなの食いつかないわけがない。 幻想小説めいたミステリー、という認識を持って読み進めていくとなんと超絶SF。 マーヴィンもびっくり。パラノイア気味の根暗ロボット。ドントパニック。  ”安楽椅子探偵”役の満が読者の代わりに 謎を解いていく様が面白い。してやられた感350パーセント。   そして、とうふ。トーフ。豆腐。 豆腐っていうと絹だよね。なめらかでつるっとしていて、舌触りがいいものを想像してしまうけど、この豆腐はどうやら木綿ぽいな。しらんけど。 余韻を残す終わり方でもう少しこの世界に浸っていたくて、 翌日クレオパトラの夢を本屋さんに買いにいった。 恵弥ちゃんらぶ。 書きたいことがどんどんたまっていくよ。 昨日のリーディングカンパニーも早く書きたい。

EAPRIT DIOR

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エスプリディオールにいってきたよ♡ ふだんはシャネルのチャンスのヘアミストとクロエのプールオムなんだけど、 この日はちゃんとミスディオールシェリー♡  三連休初日だったから混んでるかなあと思ってたけど、 入ってすぐのところが少し混んでただけでじっくりと見れてはっぴー。 本当は前日から絶不調で泣きながらgero吐いてたんだけど、 なんか勝手にオブラートかかったみたいな変換になっちゃうくらい吐きまくってて、 当日の朝も胃が痙攣してて遅刻して、 しかも会場入った瞬間左耳が聞こえなくなって暫く治らなかったんだけど、 これらの全ての絶不調を覆すくらい素敵な展示だった♡♡♡ 地上3階地下1階まで余すところなく軌跡が綴られていて、 これで入場料無料なんて信じられないほどボリュームたっぷり。 素敵空間すぎて現実逃避にはもってこい♡ なんだかパリにいったときのことを思い出したな。 またお買い物しにパリいきたい。 今度はお財布すられないようにね! お気に入りのミュウミュウのお財布ちゃんだったのよ。 エスプリのあとは銀座三越いってドーバーいってサンローラン着まくって、 締めに銀座千疋屋いってフルーツポンチたべたの。 三十代主婦つかの間の息抜きみたいないちにちを過ごし、 それはとてもとてもたのしかった。 息継ぎする間もなくずっと喋り倒してたのひさしぶりだったな。